鳥居忠吉の長男で鳥居元忠の兄、同族の徳川信孝との戦いで戦死する

鳥居 忠宗とりい ただむね

概 要

鳥居忠吉の長男で鳥居元忠の兄。松平広忠に仕える。織田方に寝返った徳川信孝との戦い(渡河内の戦い)で戦死する。

 ポイント

  • 鳥居忠吉の次男。鳥居元忠の兄
  • 渡河内の戦いで戦死する

誕生・死没

  • 誕生:????年
  • 死没:1547年
  • 享年:?歳
  • 死因:戦死
  • 墓所:渡城址(岡崎市渡町東浦6)

名 前

  • 通称:源七郎

親 族

: 鳥居忠吉
兄弟: 忠宗本翁意伯元忠
  忠広、女(三宅政貞室)

略 歴


1547年 ?歳  渡河内の戦いで戦死

鳥居家とは

出自は紀伊国熊野権現の神職の家柄

鳥居家の祖である熊野新宮第19代別当行範(重氏)は平清盛から平氏の姓を賜り平氏と称し、通称「鳥居法眼」と呼ばれた。承久の乱以降の行忠の代には、三河国矢作庄に移り、土着して忠氏と改名したと伝わる。

生 涯

誕 生

鳥居忠吉の長男として誕生。弟には伏見城の戦いで壮絶な死を遂げた鳥居元忠がいる。

松平広忠に仕え、渡河内の戦いで戦死する

1547年、松平信孝らが織田信秀側に寝返り上和田城の松平忠倫や上野城の酒井忠尚らと共に広忠と対峙した。
忠宗は渡河内に兵を率いて信孝軍と戦うも、松平清兵衛に討たれ戦死した。