【 戦国時代の軍紀と賞罰 】

手錠

  軍紀とは?

合戦の際に定められた軍の掟。軍令や軍律とも言う。これらは戦国武将毎に独自の掟を定めており合戦の際に発生するトラブルを未然に防ぎ軍の統率向上を目的とした。

  毛利元就・隆元

 時 期:天文二十二年(1553)

 軍紀名:五ヶ条の軍法

 - 内 容 -

  • とにかく命令に従い、いかに戦功をあげてもあるいは討ち死にしても、命令に背いたら忠節にはならない。
  • 敵を見て逃げ出す者には罰を与える。
  • 敵を追い詰めたとしても、命令とは違う勝手な行動をしてはならない。
  • 力を合わせなければならないときに、その場から退いて手を貸さない者は処罰する。
  • 軍奉行(軍事に関する総括責任者)の命令に背くものは、不忠である。

  小早川氏

 時 期:不 明

 軍紀名:不 明

 - 内 容 -

  • 出陣の予定は絶対に変えない。直前になって変更すれば必ず兵士達は動揺しいい結果がでないからである。
  • 出発に関して、ルーティーンが決まっており、寅の上刻(午前四時)に馬も用意を整え、寅の刻中刻(午前四時四十分)に武具を着け合戦に挑んでいた
  • 到着は昼まで。遅くなってはいけない

  豊臣秀吉

 時 期:天正十五年(1587)

 軍紀名:九州征伐の軍令

 - 内 容 -

  • 喧嘩や口論はどちらも悪い。
  • 戦場での先陣と後陣は、その指揮の戦奉行に任せる。
  • 城攻めは定めた攻めてのみがすること

  徳川家康

 時 期:天正十八年(1590)

 軍紀名:小田原征伐の軍法

 - 内 容 -

  • 命令がないうちに、先手を取ろうとしてはいけない。
  • 高い戦功を収めても、軍紀に反することがあったら妻子共々処罰する。
  • 命令がないのに、男や女を乱取りしてはいけない。
  • 命令がないのに、陣払いをしてはいけない。

 時 期:慶長子五年(1560)

 軍紀名:関が原の戦い

 - 内 容 -

  • 味方の陣地内で放火、乱暴などの行為を絶対にしてはいけない。
  • 敵地において、男や女を乱取りしてはならない。
  • 先手にことわらずに物見を派遣してはいけない。
  • 喧嘩や口論は、とにかく禁止。いかなる理由があっても、してはいけない。万が一起きた場合は双方が悪いことにする。
  • 味方の土地を荒らして陣地を作ることを禁止する。田畑を荒らしてはいけない。

  蒲生氏郷

 時 期:天正十九年(1591)

 軍紀名:九州征伐の軍令

 - 内 容 -

  • 合戦中に、その途中の家へ入ってはならない。
  • 鳥や動物を大声を出しながら追いかけ回してはいけない。
  • 合戦中は大声を出して笑ったりしてはいけない。
  • 野陣につく者は一晩の陣であっても柵を作ること。
  • 馬を放してしまった者は、処罰する。
  • 火を出したもの、敵を捕らえそこなった者は厳しい処分をする。
  • 田畑、川、橋を荒らしてはいけない。

  加藤清正

 時 期:文禄二年(1593)

 軍紀名:晋州攻撃の軍令

 - 内 容 -

  • 城攻めにおいて、準備その他にぬかりのないように、また昼夜の当番も、油断しないようにすること。
  • 臆病者にならず、戦功には必ず報いるので皆、頑張ろう
  • 品行方正( 心や行いが正しく立派なさま)に振舞うこと。もしこれを破ったら、本人のみならず、主人も罰する。

  前田利常

 時 期:文禄二年(1614)

 軍紀名:大阪冬の陣の軍令

 - 内 容 -

  • 老人衆や他家衆は先手に加えぬこと
  • 軍の統制を乱す者は、厳罰に処する
  • 軍の秘密を漏らしたり、敵前で逃亡した者は処罰する。