【出陣前に行う儀式とその作法】

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  なぜ儀式を行うの?

合戦の勝敗によって、自分や家臣達の運命が大きく左右された戦国時代。それだけに勝利を願う願掛けやお祈りは当時の武将達にとって必要不可欠。必ず出陣前には「出陣式」という儀式を必ず行っていた。軍師が主導権を握り式の場所や日時を決めていたとされている。

  出陣の場所は?

神社の前か、城中、門前等で行われたいた。城中の場合は刃物を地面に置きそれを踏み越える儀式も同時に行っていた。これは留守中に敵に攻められることを防ぐ願掛けと刃物を越えて勝利するといった縁起を担いでいた。

  出陣の日時は?

「往亡日(陰陽道おんようどうでいう凶日の一。1年間に12回)を避けた。武将は「悪日に城へ攻め込めば兵士のみ撃たれて勝利がない」といった概念を持っていた。

  出陣の方角は決まっていた

常識的に言われているのが、吉の方角は東と南、凶の方角は北というもの。これは、死者を北枕に寝かせていることからきている。そのため祝宴や出陣の方角も決まっていた。たとえ敵陣が北方向にあっても、いったん東から南を向いて行いそれから向きを変えて北に侵攻したと言われている。

  出陣前の祝宴

戦国武将達は出陣前に「出陣式」と呼ばれる祝宴を行っていたこれは「三献の儀式」とも呼ばれている。
司会は軍師が取り仕切り行われ。大将が甲冑に着替え南に向かって座る。大将を中心に左右に一族・重臣があぐらをかいて座る。大将の前には武装した家臣・陪膳役(事務局長)が肴組の三宝(打ち鮑、勝栗、昆布)をささげて大将の前に置く。
大将は鮑をつまんで口に入れ酒を三度に分けて飲み干す。同様に勝栗、昆布もこれを繰り返す。これが「三献の儀式」のやり方だ。「一に打ち鮑、二に勝栗、三に昆布」の順に食べる。と「敵に打ち、勝ち、よろこぶ!!」といったダジャレが聞いている。

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三献の義の様子

  出陣の前に連歌会を催す

病気の治癒や雨乞いなど連歌をもって祈るという風習がこの時の常識であり、戦国武将達もまた、連歌会を行えば敵に必ず勝つという信念をもっていた。そのため、戦に必ず勝つという「祈り」を込めて連歌会を開き神に奉納したという。

  縁起を担ぐおまじない

勝利のためにゲンを担ぐ、おまじないもいくつかあった。代表的なものが、鎧の上に締める上帯の端を切ること。
ここを切ってしまえば、もう解く事が出来ず鎧も脱ぐことも出来なかったため、決死の覚悟で戦いに挑むということを意味していた。