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【家康や秀吉も使っていた戦国時代に本当にあった強壮薬や媚薬】
緑鶯膏(りょくおうこつ)
女性用の薬。丁子(フトモモ科の樹木)・山椒・細辛(ウマノスズクサ科のケイリンサイシン)・竜骨など六種の薬を蜜で練り上げた塗薬。
これを女性の膣の奥深くに入れてセックスをすると女性はめくるめく快感を感じるという。
寸陰方(すんいんぽう)
女性用の薬。塗る場所は男性のイチモツ。蛇床子(せり科)・狗骨灰(獣骨)・肉桂(くすのき科)・定粉などを混ぜたもの。これを唾液で柔らかくし、男性のペニスに塗ってセックスしていた。
これを塗れば女性はすぐにオーガニズムに達し、相手の男性を忘れられなくなるほどだったという。
如意丹(にょういたん)
女性用。木香・山薬・蛇床子(せり科)などを混合したもので女性の愛液で柔らかくしたものを男性の持物に塗る。
これを使えば、老女の膣も少女のような締り具合になるという。
壮腎丹
男性用。丁香(フトモモ科の樹木チョウジノキ)・附子(トリカブト)・肉桂(くすのき科)など多種の材料を混ぜて丸薬にしたもの。
空腹時に飲んでから事に臨めば、男性の精力が格段と上がる。ただし、効き目が強いので独身者は控えて使用していた。
そのほかの媚薬
一晩に三~四人の女性としても漏らさないという「玉鎖丹(ぎょくさたん)」や、男性のイチモツの拡張度までもアップするという「西馬丹(さいばたん)」などがある。
徳川家康と媚薬
駿府城の近くに薬草農園をもっていた家康は、さまざまな薬を飲んで健康維持・増進をはかっていたが、強壮に効果のある薬草も多かったらしい。
また、家康は自分で薬を調合したり、改良を加えたりするほど媚薬に関してオタクだった。
豊臣秀吉
五十歳を過ぎるまで子供に恵まれなかった秀吉は、「陰洋角」という強壮剤を服用していたといわれている。「イカリソウ」という植物からつくられ、パワフルな強精効果がある生薬だという。
ほかにも秀吉は各種の薬餌療法を行った。その成果もあり、六十歳近くになり淀殿が二人目の子「秀頼」が誕生した。
光秀との不仲説
前途に述べたように蘭丸は父の旧領・坂本城を所望していた、当時坂本城は
常に主君に近侍し、絶大な信頼を受ける小姓の影響力は大きかった。特に蘭丸らは、信長灰化の武将の命運を左右するほどの権威を誇っていた。
秀吉は小姓にも礼をつくし、金品の贈答もかかさなかったが、光秀は小姓対策を怠り、小姓たちに嫌われていた。そのため光秀は信長から冷遇され。本能寺の変に繋がったともされる。