江戸城城代を務め古河公方との交渉役を務めた

遠山 政景とおやま まさかげ

概 要

北条家の重臣、遠山綱景の三男。父と兄達が次々と死去しため還俗し遠山家の家督と江戸城代を継ぎ古河公方・足利義氏 との交渉役を務めた。

  ポイント

  • 遠山綱景の三男
  • 遠山家の家督を継ぐ
  • 足利義氏との交渉役を担当

誕生・死没

  • 誕生:????
  • 死没:1580年
  • 享年:??歳

氏族

  • 武蔵遠山氏

親 族

遠山綱景
兄弟 藤九郎隼人佐、弥九朗、政景
   忠孝、景宗、大道寺政繁の正室、法性院(北条氏康・太田資顕の正室)
   島津主水正の室、伊丹政富の室
遠山直景

生 涯

北条家の宿老であった、遠山綱景の三男として誕生した。
当初、政景は三男であったため、相模国大山寺八大坊の僧侶となっていたが、長兄の藤九郎が死去した後に1564年の第二次国府台合戦で父と次兄・隼人佐が戦死したため還俗し、主君・北条氏政から偏諱を賜って政景と名乗り、遠山氏の家督および父の江戸城代と江戸衆寄親という立場の継承と 古河公方・足利義氏との交渉役を務めた。

しかし、氏康が死去し氏政政権に代わると江戸城代には北条氏秀が政景の変わりに起用され、政景は葛西城代となり遠山家の権力が縮小した。

1580年に死去し、家督は嫡子・遠山直景が継いだ。

参考資料(引用元)