南部家家臣・小笠原氏の居城
典型的な舌状台地型城館
中 市 館
中市館跡(正面に見える丘)
1.城データ
築城年
- 完成:十五世紀後半
築城者
- 中市氏?
別名
- タデッピラ(地元民からの愛称)
天守構造
- なし
城郭構造
- 平山城
遺構
- 堀・土塁・郭
比高
- 40メートル
主な城主
廃城年
- 1592年
年 表
1400年中頃… | 中市氏によって築城されたか? |
1592年… | 諸城破却書上には、「中市 平城 破 小笠原 弥九郎 持分」とありこの頃には城は破却された |
2000年… | 城の発掘調査が開始される |
立 地
青森県五戸町所在する城である。北西を流れる五戸川と南東を流れる小河川に挟まれた右岸段丘上の台地(舌状台地)に位置し、標高は約100mを越え、川面からの高さは40メートルある。
館跡は地元では「タデッピラ」と呼ばれている。
規 模
基部を大規模な三重の堀で区画する単郭の構造。三重の堀の外側に位置する南西部の平場は緩斜面となっているが、これを城の施設として利用していたかどうかは不明である。
三重の堀の長さは100~150mの薬研堀(断面がV字形になっている)になっており、東側の堀の規模が一番大きい。堀は舌状台地先端部にも二条設けられていてる。
中心部は2段から構成されている平部になっており、北側には幅3m程度の土塁も50~60m残っている。五戸川に面する北側の斜面には帯郭が形成されていて、虎口(城郭の出入り口)も3~4箇所あったと思われる。
五戸川に接する平場は馬場であったとも言われている。開発による人工的な掘削。削平等が無くほぼ完全な形で中世城郭としての地形が観察できる。