舌状台地型の平山城で
南部氏一族で重臣・南氏の居城

浅 水 城

あさみずじょう

  浅水城址

浅水城址 引用元:JapaneseClass.jp

1.城データ

築城年

  • 完成:1517年

築城者

  • 南遠江守長義

別名

  • ー無しー

天守構造

  • なし

城郭構造

  • 平山城(舌状台地上)

遺構

  • 堀・土塁・曲輪

比高

  • 50メートル

主な城主

廃城年

  • 江戸時代初期

年 表

1517年… 南長義が築城する
 
江戸初期… 南彦七朗の城主時代に廃城

立 地

南部氏の支配強化のため一族から排出された南氏は浅水地区を任されていた。
浅水地区には浅水城と浅水館が浅水川と奥州街道を南北に挟む形で立地し、河川と街道を眼下に見下ろせる立地になっている、また浅水城は浅水川左岸の舌状台地上に立地している。

奥州街道は城町を東西に横断するかたちで通っており、奥州街道を4km南下すると、南部氏の主要な産業とも言うべき糠部の駿馬が生産されていた内野牧が立地し、さらに5km南下すると南部氏の居城である三戸城が立地する。

規 模

浅水城が立地している舌状台地の北側と東側・南側は断崖になっており、西側は幅が2m~10m程の極端に狭い屋根が続いている。幅2~3m程度の腰郭も北側に付随する場所もある。台地先端部には中心郭とみられる幅の狭い平場があり、それに接続するように北側・東側には幅の広い帯郭が見られる。
平場は極めてせまいため浅水城は南氏の居城ではなく臨時の砦として使用していた可能性が高い。